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横浜地方裁判所川崎支部 昭和48年(ワ)103号 判決 1975年10月27日

原告

渡部有幸

右訴訟代理人

日下部長作

外一二名

被告

日本ユニカー株式会社

右代表者

小林是太

右訴訟代理人

渡辺修

外四名

主文

一、原告が、被告の従業員たる地位を有することを確認する。

二、被告は原告に対し、昭和四八年二月二六日以降原告の被告の従業員として復職するに至るまで、毎月二五日限り一か月金六六、三〇〇円の割合による金員を支払え。

三、原告のその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は被告の負担とする。

五、この判決の第二項は仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

(原告)

「一、原告が被告の従業員たる地位を有することを確認する。二、被告は原告に対し、昭和四七年一一月九日以降原告が被告の従業員として復職するに至るまで、毎月二五日限り一か月金六六、三〇〇円の割合による金員を支払え。三、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに第二項につき仮執行の宣言。

(被告)

「一、原告の請求をいずれも棄却する。二、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二、当事者の主張

(請求原因)

一、被告はポリエチレンその他の化学製品等の製造を業とし、川崎市川崎区浮島町八の一に川崎工業所を有する株式会社であり、原告は昭和四五年九月一一日被告会社に雇傭され、右川崎工業所施設部計動課所属の従業員であつた者である。

二、被告会社は、昭和四八年二月七日付同月九日到達の書面をもつて被告会社の社員就業規則(以下、規則という。)二三条二号の「病気以外の理由によつて欠勤が引き続き六〇日に及んだ場合には解職する。」旨の規定を適用して、原告に対し、解職する旨の意思表示(以下、本件解雇という。)をし、同月八日以降原告を従業員として扱わず、同月二六日以降原告が就労を求めたのに、被告会社は原告の労務提供を受領しない。

三、本件解雇当事原告が被告会社から支給されていた賃金は一か月金六六、三〇〇円(基準賃金五六、三〇〇円、住宅手当金一〇、〇〇〇円の合計額)であり、当月一日から月末までの一か月分を当月二五日に支払う約であつた。<中略>

(抗弁)

二、さらに被告は本件解雇に当り、特に次のような事情を考慮した。

1、『原告は昭和四五年八月二〇日被告会社の新聞広告による社員募集に応募し面接試験を受けたが、その際原告が提出した履歴書、身上書、入社志望者調書には、原告は同四三年三月神奈川県立平塚工業高等学校を卒業した後、同四五年七月まで家事手伝に従事し、同月から翌八月までの一か月間いすず自動車株式会社に勤務していた旨の記載があり、面接における質問に対しても同様の申述を行い、右家事手伝とは家業の食堂を手伝つていたもので月額二万円の収入を得ていた旨付け加えた。ところが、原告の真実の経歴は、同四三年四月藤沢市辻堂元町六の四の三所在の中川電機株式会社藤沢工場に雇傭され、同四四年八月二六日退職し、さらに同年一二月一五日川崎市川崎区田町二の四の一所在の旭硝子株式会社川崎工場に試採用となつたが、同四五年三月二〇日飲酒のうえ同僚に暴行を加えたため本採用を拒否され事実上解雇されたというものであり、原告は右事実を秘匿し、右の同四三年四月から同四五年三月までの間は前記のとおり家事手伝に従事していた旨虚偽の経歴を申告した。』<編注、『 』は控訴判決一3で引用された部分である>かかる原告の経歴詐称は被告会社に対する重大な不信行為であり、継続的関係である雇用関係存続の基礎たる信頼関係を損うものである。

2  原告の日常勤務状況は極めて悪く、特にその勤怠状況は、次表のとおりであつて、原告所属の計動課員約四〇名中最悪であつた。<編注、次表は控訴判決一3で引用されている>

要出勤日

欠勤日数

遅刻回数

早退回数

昭和四六年

(一月一日から一二月三一日まで)

二七四

二九

内訳

病欠 二一

事故欠 八

五三

昭和四七年

(同上)

二七〇

七〇

内訳

病欠 二八

事故欠 四二

三七

(中略)

四八年二月七日までの九一日間のうち要出勤日は、原告が当時保有していた年次有給休暇四日、規則六五条一号の定休日(日曜日)二日、同二号の公休日(国民の祝日、年末年始、会社創立記念日等)八日、同三号の特特別休日(隔週土曜日)七日を差し引いた六〇日であるから、原告の本件欠勤日数は六〇日である。

(抗弁に対する認否及び主張)

二、<中略>

2 かように、原告の欠勤は、逮捕勾留を受けたことによるものであるから、規則二三条二号にいう「病気以外の理由による欠勤」には該当しないというべきである。けだし、同号は、病気による欠勤を除外しているが、これは病気を唯一の除外例とした趣旨ではなく、同号に規定された「病気」とは、出勤する意思があるにも拘らずやむをえない客観的障害によつて出勤できない場合の最も代表的な例示として掲げられたものと解するが相当であるところ、原告は右逮捕勾留後も被告会社へ出勤する意思を有し、その旨の通知を被告会社に対してなしており、他方、右逮捕勾留は原告の出勤の意思または努力によつて左右することのできない公権力行使による客観的障害であるから、原告の本件欠勤は病気を理由とする欠勤と同視すべきものであるからである。<中略>

三、仮に原告の欠勤が、形式上、規則二三条二号に該当するとしても、次の理由により、被告の主張は失当である。

1  原告の本件欠勤は以下に述べるとおり、原告の責に帰すべき事由に基づかないものである。

即ち、原告の本件勾留の理由は刑事訴訟法六〇条一ないし三号に該当する事由があるというものであつたが、原告には妻があり、定まつた住居を有したこと、現行犯逮捕であり犯行の目撃者は警察官であつて罪証隠滅の虞れは全くなかつたこと及び集団的公安事件の被疑者の逃亡は常識に反することを考慮すれば、原告が右各号に該当しなかつたことは明らかで、本件勾留は理由のない違法なものであつたが、さらに、原告がなした右勾留の取消請求に対し、担当裁判官は事件が集団による組織的犯行だから取消せば罪証隠滅の虞れがあるとの一事をもつて昭和四七年一二月二八日これを却下し、その後原告の弁護人が請求した保釈許可申請について、本件解雇の意思表示が原告に到達した日である同四八年二月九日に至りようやく許可決定がなされ、検察官による準抗申立、保釈保証金の納付方法についての裁判官との折衝を経て同月二二日釈放されたのであつて、右の事実によれば、原告の本件欠勤は違法な勾留に基づくものであり、また、右勾留自体、原告の意思によらない客観的障害であり、原告は前記のとおり、本件勾留から解放されて出勤しようと努力を重ねていたのであつて、これを要するに、原告の右勾留による欠勤は、原告の責に帰すべき事由に基づかないものであつて、結局、本件解雇の理由とするに足りないものというべきである。

2  規則二三条二号を適用して解雇するには、解釈上当然にひとつの制約が含まれている。前述のとおり、同条三号は、解雇事由として「禁錮以上の刑が確定したとき」と定めているが、確定した刑が破廉恥罪によるものではなく、執行猶予が付されており、それが会社の対外的信用及び職場秩序に対し悪影響を及ぼさないような場合には、単に同号を形式的に適用して解雇することはできないと解すべきであるが、これとの権衡上、同条二号の場合も同様に解すべきものである。

前記二の1のとおり、原告の本件犯罪行為は戦車輸送阻止闘争に際しての往来妨害行為であつて、いわゆる破廉恥罪ではなく、右犯罪の嫌疑による原告の逮捕勾留及び起訴または逮捕勾留に基づく六〇日間の欠勤により、被告会社の対外的信用及び職場秩序が侵害され、悪影響を受けたとはいえないから、単純に同号を適用して原告を解雇することはできないのである。

3  被告会社は本件解雇に当り、原告のいわゆる経歴詐称の事実を特に考慮した旨主張するが、本件のごとき原告の債務不履行を理由とする通常解雇については、右の経歴詐称という企業秩序上の問題をもつて、その理由を補強し、解雇を正当ならしめることはできない。

また、原告の欠勤、遅刻、早退が多いのは、原告が病気勝ちで通院等の必要があつたからであつて、上司の許可も得ているのであり、それが直ちに原告の勤怠状況を示すものではない。<後略>

理由

一、請求原因一ないし三の事実、規則二三条二号に「病気以外の理由によつて欠勤が引き続き六〇日に及んだ場合には解職する。」旨の規定が存在すること及び原告が昭和四七年一一月八日横浜市において米軍M四八型戦車輸送阻止闘争に参加し逮捕、勾留されたため、翌九日から昭和四八年二月七日まで出勤しなかつたことは当事者間に争いがない。

二、被告は、原告の右欠勤が、規則二三条二号に規定する「病気以外の理由によつて欠勤が引き続き六〇日に及んだ場合」に該当すると主張するので、以下検討する。なお、<証拠>によれば、被告会社の就業規則の定めは、原被告間の労働契約の内容をなすものと認められ、これに反する証拠はない。

1  規則二三条二号が「欠勤が引き続き六〇日に及んだ」というときの六〇日の中には、休日(規則六五条。以下、規則の内容は、すべて右乙第四号証による。)、休暇(同六八条)などを加えて計算することができるか。右規定は、労務の不提供が継続して長期間に及んだ場合は、企業としてもその労働者から組織体として必要な労働力を期待することができないため、解雇するという趣旨のものであると解される。欠勤とは、出勤しないことであるが、右規定を、出勤がない状態が引き続き六〇日に及んだ場合と読めば、休日、休暇にも出勤がないのであるから、これらを含めて暦日通算により期間を計算することになる。しかし、休日、休暇に出勤がない状態を捉えて労務の不提供を云為するのは筋でないし、この論に対しては、「右六〇日の中に含まれる休日、休暇を除いても、解雇に値する長期間になるから、六〇日と定めたのである。したがつて、休日、体暇における労務の不提供を問題とするのではない。」との反論があるかも知れない。しかし、休日は年間の時期により異なるし、休暇も人により相違があるから、これらを差し引いた要出勤日にも差が生ずるのを免れず、それにも拘らず、一律に右六〇日で解雇されるのは、不都合であるといわなければならない。以上の諸点、欠勤とは通常要出勤日に出勤しないことを意味すること及び規則二三条二号が日をもつて期間を定めていること等を勘案すれば、右六〇日は、要出勤日によつて計算すべきものと解するのが相当である。規則一八条は、社員に休職を命ずる場合として「業務上の傷病によつて欠勤が引き続き六ケ月をこえるに至つた場合」などと規定しているが、当面の問題と趣を異にすることは、おのずから明らかである。

<証拠>によれば、被告会社においては期間の計算は暦日通算によるとの慣行が存在するというのであり、同証人は、その期間の例として、解雇制限の場合の三〇日間(規則二四条)、退職手続の場合の三〇日以前(同二六条)、転勤の場合の五日以内(同二八条)、懲戒としての出勤停止の一〇日以内(同四二条)等を挙げるけれども、いずれも本件の場合と性質を異にし、前記結論を左右するに足りない。却つて、規則六〇条には「社員は、欠勤が引き続き七日以上に達した場合には、医師の診断書または事故理由書を提出しなければならない」とあるが、右証言によれば、従来同条は暦日通算により適用してきたが、昭和四九年初めから要出勤日計算に改めたというのであつて、このことは前記判断を裏付けるに足りるものである。

原告が昭和四七年一一月九日から同四八年二月七日まで引き続き暦日通算によれば九一日間出勤しなかつたこと、これを要出勤日により計算すれば六〇日に達することは、当事者間に争いがない。原告な、規則二三条二項の「欠勤が引き続き六〇日に及んだ場合」に該当するというべきである。

2  原告の逮捕勾留による欠勤が「病気以外の理由による欠勤」に当るか。病気欠勤もやはり欠勤である(規則五九条)。しかし、解雇の要件を定めた同二三条二号は、欠勤の中から病気欠勤を除外している。思うにこれは人道上の見地に立つものであつて、当然である。一方、規則は、次のとおり、欠勤の理由いかんによつては、欠勤として取り扱わない場合を定めている。

第六二条(遅刻、早退、欠勤の特例)

会社は次の各号の一に該当する場合には、その所要時間に限り、遅刻、早退または欠勤として取り扱わない。

1  国もしくはその他地方自治体、公共団体の公務を執行する場合。

2  官公庁から公のため命ぜられて出頭する場合。ただし、本人の不正行為に起因する場合はこの限りでない。

3  選挙権その他公民としての権利を行使する場合。

4  災害その他避けることのできない事故に起因する場合。

5  法令により交通を遮断された場合。

6  伝染病予防のため就業禁止を命ぜられた場合。ただし、本人が伝染病にかかつた場合はこの限りでない。

7  その他前各号に準ずる程度の理由がある場合。

右規定は、要するに、公けの義務に従うべき場合、公けの権利を行使する場合あるいは災害、交通遮断など客観的にやむをえない場合を掲げているのであつて、欠勤か個人的な事由に起因するような場合は含まれていないのである。

原告の逮捕勾留が右規則六二条二号、七号その他の各号に該当しないことは明らかである。ことに、原告が昭和四七年一一月八日横浜市において米軍M四八型戦車輸送阻止闘争に参加して逮捕勾留されたことは、当事者間に争いがなく、原告の逮捕勾留は、原告自身の行為に由来するものなのであるから、右六二条各号に該当しないことはなおさらである。原告は、その逮捕勾留による欠勤は、規則二三条二号にいう病気と同視すべきであると主張し、同号にいう「病気」とは、労働者に出勤する意思があるにも拘らず、やむをえない客観的障害によつて出勤することができない場合の最も典型的な例示であるというが、同号が病気欠勤を除外した趣旨から考えて到底首肯することができない。また、規則二三条三号が「禁錮以上の刑が確定した場合」を解雇理由に挙げているからといつて、犯罪行為に関する事由は、右以外の場合には一切解雇理由とはしない趣旨とは認められない。二号は継続した欠勤日数を問題とするのであり、三号は刑の確定を問題とするのであつて、両者それぞれ観点を異にするのである。また原告は、逮捕勾留の場合を除外しないと、解雇が裁判所の勾留、保釈等の措置によつて左右されることになつて不当であるという。しかし、勾留、保釈等はいうまでもなく刑事司法の作用として刑事訴訟法に則つてなされるものである。したがつて一般的にいえば、右刑事司法の作用によつて生じた結果は、関係人においてこれを受容すべきものであるが、原告の逮捕勾留は、被告にとつては、自己の何ら関知しない事由に基づくものであるのに対し、原告にとつては、まさに自己の行為が原因となつて、それが犯罪の疑いがあるとして逮捕勾留されるに至つたのであるから、かかる事情のもとにおいては、右逮捕勾留による欠勤から生ずる不利益は、原告に帰せられるのが当然であり、規則二三条二号の趣旨に合致するものということができる。裁判所がする勾留の有無、保釈の許否により欠勤の長短が左右されることは、右二号の該当の有無を論ずる限りではむしろ当然である。原告の欠勤は、病気以外の理由による欠勤に当るというべきである。

三、右に述べたとおり、原告の欠勤は規則二三条二号の「病気以外の理由により欠勤が引き続き六〇日に及んだ場合」に該当するのであるが、被告がなした解雇が有効かどうかは、さらに原告の欠勤の原因となつた逮捕勾留に関する事情を検討したうえで判断することを要する。

原告は、右勾留は違法であつたと主張するが、これを首肯するに足りる証拠はない。また、原告は、右勾留は、原告の意思によらない客観的障害であるから、これによる欠勤は、原告の責に帰すべき事由に基づくものとはいえないと主張するが、原告の逮捕勾留は、原告自身の戦車輸送阻止闘争という行為によるものであるから(<証拠>によれば、勾留罪名は、道路交通法違反、往来妨害、威力業務妨害であつたことが認められる。)、その責は原告にあり、したがつて、単純に、欠勤が原告の責に帰すべき事由に基づくものではないということはできない。

しかし、本件の解雇理由は、欠勤の日数を問題とするものであるから、右解雇の効力を論ずるには、勾留の日数につき考慮を払うことを要する。

原告が昭和四七年一一月八日横浜市において米軍M四八型戦車輸送阻止闘争に参加し逮捕勾留されたことは、当事者間に争いがなく、右争いがない事実に、<証拠>によれば、原告は、昭和四七年一一月八日午後一一時頃、横浜市保土ケ谷区東川島町二〇番一二号先国道一六号線路上における、米軍相模原補給しようから横浜港ノースピアへ搬送される米軍M四八型戦車の輸送阻止闘争に参加し、その場で逮捕された後引き続き勾留され、同月三〇日往来妨害罪により横浜地方裁判所に起訴されたこと、原告は右勾留に対し勾留取消請求をなしたところ、担当裁判官は同年一二月二八日罪証隠滅の虞れがあるとして右請求を却下し、その後原告の弁護人が保釈請求をなしたところ(その時期は、おそくても昭和四八年二月五日以前である。)、同月九日右請求に対し、担当裁判官は罪証隠滅の虞れはあるが勾留日数は最少限度にとどめることが望ましいとなし、保証金額を金四〇万円と定めて保釈許可決定をなし、同決定に対しては検察官から即日準抗告の申立がなされたが、準抗告裁判所も、罪証隠滅の虞れはあるものの勾留がほぼ三か月になり相当長期に亘つているとして同月一二日準抗告申立を棄却したこと、原告の弁護人が同月二〇日保釈金の納付方法変更の申請をなし、同月二二日前記金四〇万円のうち金一〇万円については、原告の妻の保証書をもつて代えることが許可されたこと、かくて原告は同日釈放されたこと、以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

思うに、原告が起訴された往来妨害罪(刑法一二四条一項)の法定刑は、二年以下の懲役またには二〇〇円以下(罰金等臨時措置法三条により四万円以下)の罰金であつて、例えば暴行罪(刑法二〇八条)の法定刑よりも軽い。一方、起訴が昭和四七年一一月三〇日であつて、起訴前の逮捕勾留の日数が二二日、起訴後同四八年二月七日(解雇理由とされた欠勤期間の末日)までの勾留日数が六九日であり、第一回公判期日前に勾留更新が一回なされている。そして、<証拠>によれば、原告は当初逮捕されて以来、自己の氏名、住居をはじめとして事案の内容に至るまで完全黙秘の態度を示していたこと(もつとも、<証拠>によれば原告は、昭和四七年一二月下旬勾留取消請求をする際には、自己の氏名を明らかにしていたことが窺われる。)、<証拠>によれば、前記勾留取消請求却下決定及び保釈許可決定において、右勾留にかかる被疑事実は、多数の集団による組織的計画的犯行であり、原告は活動家として右組織内でかなりの地位を占め積極的な役割を果した旨説示されていること、前示のとおり、保釈許可決定及び抗告棄却決定においてなお証拠隠滅の虞れはあるとされていること等によれば、原告が逮捕勾留されたこと、起訴後も前認定の経過で保釈により釈放されるまで勾留(その執行)が継続されてきたことは、現実問題として、敢て異とするに足りないものである。しかし翻つて前記法定刑によつて窺われる往来妨害罪の罪質の程度に照らし、直截に観察するならば、原告の起訴後の身柄拘束の期間はやや長きに失したものとの感を免れない。<証拠>によれば、右準抗告棄却決定は、いみじくも次のように説示しているのである。いわく「しかしながら被告人の弁護人選任が著しく遅れたことに起因するとは言いながら被告人に対する勾留は既にほぼ三ケ月にもなるのであつて、本件が組織的計画的なものであることを考慮に入れてもなお本件往来妨害罪の法定刑等と比較するならば右勾留期間は既に相当長期に亘つているといわなければならない。」と。しからば、どれだけの期間をもつて相当の期間とするかという問題に対しては、事の性質上、具体的確定的な数字をもつて答えることはできない。しかし前認定によれば、原告の弁護人により、昭和四八年二月五日以前に保釈請求がなされているのであるが、少なくとも右二月五日(それは起訴後六七日目に当る。)の時点では、すでに身柄拘束の相当期間を経過していたものということができるであろう。そして、原告は、右のように保釈請求をすることにより、勾留による身柄拘束から解放され、ひいて出勤可能な状態になることへの意欲を示したのである。右に述べたような原告の勾留に関する客観的及び主観的事情を考慮すれば、原告の欠勤が引き続き六〇日に及んだからといつて、規則二三条二号から生ずる解雇という結果をそのまま原告に帰せしめるのは相当でないというべきである。

そうすると、被告が原告に対し右規則を適用してなした解雇は、その効力を生じないものといわなければならない。

四、被告は、原告を解雇するに当り、特に原告の経歴詐称の事実及び日常の勤務状況の劣悪さを考慮したと主張するので検討する。

1  <証拠>によれば、原告の欠勤が昭和四八年一月七日をもつて暦日通算により六〇日に達したので、被告会社としては、規則二三条二号による解雇を検討したが、最初の事例ではあるし、解雇という重大な処分であるため慎重を期し、原告の入社後の勤務状況等を調査することとしたこと、右調査の結果、原告が入社時に申告した前歴が、実際のそれと異なつていること及び原告は欠勤が多く計動課内では勤怠が最も悪い位で、日常の仕事振りもよくないということになり、要出勤日の計算でも、同年二月七日には欠勤が六〇日に達するので、原告が同日までに出勤しないようであれば、規則二三条二号により解雇せざるをえないと判断し、原告が右二月七日の就業時間が終るまで出勤しなかつたため、本件解雇の意思表示をしたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  <証拠>によれば、原告は、入社前被告に提出した履歴書、身上調書、入社志望者調書に自己の経歴として、昭和四三年三月神奈川県立平塚工業高等学校を卒業した後、同四五年六月まで家業(食堂経営)を手伝つていた旨記載していたが、真実は、原告は、昭和四三年四月中川電機株式会社に入社し、同四四年八月退社し、次いで同年一二月旭硝子株式会社に試採用となつたが、同四五年三月本採用を拒否されたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

3  被告主張の昭和四六年及び同四七年における原告の要出勤日、欠勤日数(内訳日数を含む。)、遅刻回数及び早退回数の事実関係は、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、原告の勤怠状況は、原告が背骨、目、鼻などを患つていることを考慮しても、計動課員の中で悪い方の部類に属し、仕事の速度が遅く、熱意に欠けるところがあることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

4  ところで、本件解雇は、被告が規則二三条二号に基づいてなしたものなのであるから、右解雇を相当ならしめる事由は、右解雇理由即ち六〇日の欠勤に関連する事情の中に求められるのであるが、右2及び3の事情のごときは、右関連性が薄弱であつて、本件解雇の理由を補強して解雇を相当ならしめるにはいまだ不十分といわなければならない。

五、右に説示したとおり、本件解雇は無効であるから、原告は被告会社の従業員たる地位を有しているところ、<証拠>によれば、原告は、釈放後昭和四八年二月二六日から被告会社に就労を求めたが、拒否されたことが認められ、当時の原告の賃金が一か月金六六、三〇〇円(基準賃金五六、三〇〇円、住宅手当金一〇、〇〇〇円の合計額)であつたこと、当月一日から月末までの一か月分を毎月二五日支払う約であることは、当事者間に争いがない。原告は、昭和四七年一一月九日から同四八年二月二二日までは逮捕勾留により同月二三日から同月二五日までは自己の意思により、労務を提供しなかつたのであるから、その間は賃金請求権がない。被告は、原告に対し、昭和四八年二月二六日以降原告が被告の従業員として復職するまで一か月金六六、三〇〇円の割合による賃金を毎月二五日限り支払う義務がある。

六、原告の本訴請求中、従業員たる地位の確認を求める部分及び右支払義務があると説示した賃金の支払を求める部分は理由があるから認容し、その余の部分は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九二条、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(杉田洋一 原健三郎 樋口直)

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